# ぢしんかみなりかじおやじ
ち
地震雷火事親父

種類:その他格言
地震・雷・火事は今も現役の恐怖なのに、四番目の親父だけが番付から消えた。元は「大山嵐=台風」だったという冤罪説、雷の担当が母だったわが家の配役、そして——四番目だけが、怖い人から会いたい人に変わっていく。
地震雷火事親父—— 世の中の怖いものを、怖い順に並べた言い回しである。
諺でも格言でもない。教訓も含まれていない。 強いて言えば、江戸の庶民がこしらえた恐怖の番付表だ。
さて、この番付、あらためて眺めると妙なことに気づく。
横綱の地震は、今も横綱である。 大関の雷も、関脇の火事も、現役の恐怖として君臨し続けている。
四番目の親父だけが、番付から姿を消した。
現代の若者に「親父って怖い?」と聞いても、首をかしげられるだけだろう。 今回は、この引退した四番目の話をしたい。
まず、面白い俗説を一つ。
この番付の四番目、もともとは「親父」ではなく 「大山嵐(おおやまじ)」——つまり台風だった、という説がある。
地震、雷、火事、台風。 天災の四天王として並べれば、確かに序列に一分の隙もない。 それが語呂の面白さから「おやじ」に転じた、というのだ。
あくまで俗説である。 だが、台風なら番付入りに文句のつけようがないことは、 新婚旅行を一週間まるごと台風に食われた男として、 身をもって証言できる。
もしこの説が本当なら、親父は三百年来の冤罪ということになる。 台風の濡れ衣を着せられて、怖い者の代表を務めてきたのだ。 日本中の親父を代表して、再審請求をしたいくらいである。
三年前の私は、このページに 「なぜ親父は怖くなくなったのか」の考察を長々と書いていた。 情報化社会がどうの、核家族化がどうの、家族の多様化がどうの——
読み返して、消した。 知識をひけらかす割に、何も言っていない文章だった。
要するに、一行で済む話なのだ。
親父は「恐怖の役職」を降りて、ただの一人の人間に戻った。
それだけである。良いことだと思う。 役職の椅子に縛られていた歴代の親父たちも、 本当は雷など落としたくなかったはずだ。
ちなみに、わが家の話をすれば、 そもそも雷の担当は母だった。 ひまわりの種の一件をはじめ、わが少年時代に落ちた雷は、 すべて母の管轄である。 番付の配役など、家庭によっていくらでも違うのだ。
メインの絵には、超能力の親父に登場願った。
大地を揺らし、雷を呼び、業火を背負って立つ白髪の親父。 つまり、地震と雷と火事を、一人で起こしている。
三年前の私はこの絵に「なんか手抜き」と注釈を付けていたが、 本日、訂正する。
これは手抜きではない。 番付の四番目が、上位三つの技を全部習得して 一人で番付を制圧した、下剋上の図である。
引退させられた者の、意地の復権と見ていただきたい。
かるたの読み札を作る際、細かい問題にぶつかった。 「地震」の読みは「ぢしん」か「じしん」か。
「地」の字だから、歴史的仮名遣いなら「ぢ」のはず—— と思って辞書を引いても、「ぢしん」の見出しは、無い。 文化庁の現代仮名遣いでは「じ」と定められているからだ。
それでも当ページの札は、意地で「ち」の側に置いてある。 文化庁には申し訳ないが、 かるた屋には、かるた屋の仮名遣いがあるのだ。
最後に、三年前の私見を、そのまま書き写しておく。
「地震雷火事親父かぁ、 父さんにしばらく会ってないなぁ。。。」
三年経って、この一行に付け足せることは、あまりない。 ただ、気づいたことが一つだけある。
この番付の上位三つは、何年経っても怖いままだ。 地震は怖い。雷も怖い。火事も怖い。 そこは子供の頃から、一寸も変わらない。
四番目だけが、歳月で姿を変える。
怖かった人が、口うるさかった人が、 いつのまにか、会いたい人になっている。
親父は番付から引退したのではないのかもしれない。 「怖いもの」の番付から、 「会いたいもの」の番付へ、移籍しただけなのだ。
そちらの番付なら、たぶん今も、上位にいる。
地震雷火事親父|番付から引退した、四番目の話

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