私が住む海辺のマンションの、目と鼻の先—— 沖合数百メートルで、年に一度、花火大会が催される。
2,500発。規模としては、さほど大きくない。 それでも、県の内外から3万人を超える人が集まってくる。
朝早くから、湾内にはレジャーシートが敷き詰められていく。 夜まで、その場所を守り続ける人たちがいる。
このマンションの住人の半数近くは、 関西圏からのセカンドハウスとして、ここを購入した人たちだ。 今日という日のために、縁者や友人を連れて、 はるばるやって来る人も少なくない。
私自身、東京からこの片田舎へ移り住んだ動機の一つに、 ベランダから花火を眺められること——それは、確かにあった。 ワイン片手に、クーラーの効いた部屋から見る花火は、格別なのだ。
そして、今日、8月13日。まさに、その日だった。
先ほど、拡声放送が流れた。
「天候不良のため、中止」
正直に言う。今日の空を見上げる限り、悪くない。 昨日、台風が近くを通った影響で、多少の風はある。 だが、それだけだ。中止と言われて、すぐには飲み込めなかった。
この花火大会が中止になったのは、 コロナ禍のとき以来である。 天候を理由にした中止は、私の経験では今回が初めてである。
朝からシートを敷いていた人たちは、どんな顔をしているだろう。 関西から連れて来られた友人たちは、 何と声をかければいいのか、困っているかもしれない。
残念だ、という言葉だけでは、足りない気がする。
こういう背景があるせいで、 私のギャラリーには、花火のイラストが、やたらと多い。
数えてみたら、66点もあった。
色鮮やかな花火が、夜空いっぱいに咲く絵。 浴衣姿の女の子が、笑顔でそれを見上げている絵。 きっと今夜も、リアルの浜辺のどこかで、 浴衣を用意して待っていた女の子たちが、いたはずだ。
その中に、一群の様子の違う絵がある。
例の「シンプルな色使い」シリーズの一枚—— 白い背景に、黒い線だけで描かれた花火。
色を消して、輪郭だけを残した、静かな花火。
描いたときは、単なる作風の一つのつもりだった。 だが今夜、こうして本物の花火が消えてしまった後で見ると、 あの絵が、妙に今日の空とよく似て見える。
66点の花火は、これからも、 誰かのために、夜空を彩り続けるのだろう。
だが、絵の花火では、 浜辺で待っていた人たちの歓声までは、描けない。 ワイン片手に見上げるはずだった、今夜の空も、戻ってはこない。
来年は、晴れますように。 浜辺のシートも、関西から来る友人たちも、 浴衣の子たちも、今度こそ、報われますように。
今夜は、絵の中の花火を眺めながら、 静かに、そう思うことにする。
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