# イラスト:失言をして恥ずかしくて思わず口を手で覆っている若い女性
イラスト:失言をして恥ずかしくて思わず口を手で覆っている若い女性
前回、「打たれ続けた杭は自分で抜けて、自分の庭に立て直した」と書いた。 独立万歳、自由万歳——で終わるつもりだった。
ところが庭を持って、ほどなく気づいたことがある。
ストックフォトの棚に絵を置いていた頃、 掲載物の最終責任は、審査を通した業者の側にあった。 際どい絵は審査で弾かれ、まずい言葉は規約が止めてくれた。 あれは検閲であると同時に、防波堤だったのだ。
自分の町では、審査官は来ない。 つまり、防波堤も、無い。 掲載したものの責任は、一枚残らず、私にある。
独立の請求書の「自由」という明細の下に、 小さな文字でこう書いてあった——「責任一式、込み」。
事の起こりは、古い記事の建て替え作業である。
三年前に書いた、ある絵の解説文を読み返して、ひやりとした。 若い女の子の絵に、身体の露出を面白がる言葉を、 私自身が添えていたのだ。
絵は多義的である。見る人によって読み方が変わる。 だが言葉は一義的だ。 「こう見てください」と、読み方を固定してしまう。 そしてGoogleの審査は、絵よりもまず、言葉を読む。
未成年を連想させる語と、性的な連想をさせる語が 同じページに同居する——この掛け算は、 広告配信の停止からサイト全体の評価まで響く、一級の危険物である。
サイトの沽券に関わり、インデックスにも関わる。 町内会長は青ざめ、その日のうちに風紀委員を兼務することにした。
一斉点検を始めて、すぐに妙なことに気づいた。
ビキニの絵に、温泉の絵に、「女子高生」「10代」「制服」—— 未成年系のキーワードが、やたらと付いているのである。 描いた本人には、彼女たちを学生と決めた覚えがない。
調べて、判明した。 キーワードの自動付与システムが、 「若い女性」の絵に、学生系のタグを機械的に量産していたのだ。
かつて「天文」を辿ったらバニーガールに着いた、 あのキーワード暴走事件の同族である。 危険な掛け算は、絵が生んだのではなく、 パイプラインが無自覚に製造していた。
対処は一晩で済んだ。 露出系のキーワードを持つ絵から、未成年系の語を一括削除。 対象は372点。生成ロジックにも、再発防止の一行を入れた。
こうして372人が、一夜にして「卒業」した。 ——誰も、町を出ていないのに。 変わったのは名札だけで、彼女たちは今日も同じ絵の中で笑っている。 機械が無断発行した学生証を、回収しただけの話である。
記事も二本、取り下げた。 題材そのものが「私的な瞬間の覗き見」になっていたものだ。 15,000分の2である。町の看板は、揺らがない。
一連の点検で、判定の物差しは一本に定まった。
小学校の先生が教材を探しに来たとき、 隣に並んでいて困らないか。
広告で立つと決めた町は、 ファミリーセーフであること自体が商品の一部である。 迷った絵は、迷った時点でクロ寄り。 出し惜しみの反省とは逆向きの、出しすぎの反省であった。
ところで、この風紀点検をしながら、 私はある事実に思い当たって、頭を抱えた。
ビキニの枚数について。ギャラリーの肌色面積について。 わが家には、Googleより何年も先に 指導を入れていた監査機関が、存在していたのである。
そう、家内だ。
「また若い女性を描いてるの」 「肌色が多くない?」
あれは小言ではなかった。 コンプライアンス部門の指摘事項だったのだ。 当時の私は「表現の自由」を盾に抗弁していたが、 本日、監査機関の先見性を、正式に認めることにする。
家内検察は、Googleガバナンスを数年、先行していた。 世界最大の検索企業と同じ結論に、 台所から到達していたのだから、恐れ入る。
棚を借りていた頃、審査は「うるさい親」だった。 家を出て、町を持って、初めて分かる。 あのうるささが、どれだけの災いを黙って弾いてくれていたか。
だが、親元に戻る気はない。 自分の庭の条例は、自分で書く。 風紀も、税務も、建て替えも、街灯も、全部込みで—— それが、抜けた杭の義務であり、誇りである。
わが町の条例第一条は、こう定めた。
「この町は、小学校の先生が教材を探しに来られる町であること」
制定者、町内会長。 監査、家内。 施行、本日より。
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