イラスト:「ふん!」という表情でそっぽを向いている制服を着た女子高生
イラスト:「ふん!」という表情でそっぽを向いている制服を着た女子高生
以前、「否定的な表情のイラストはなぜ売れない?」というエッセイを書いた。 笑顔が独裁するイラスト市場で、怒り顔や不快表情に逆張りし、 売上グラフに「No!」を突きつけられた制作記録である。
今回はその沼の、さらに奥の話をしたい。
私のギャラリーには、こんなシリーズがある。
『「ふん!」という表情でそっぽを向いている若い女性』
頬をふくらませ、視線を斜め上に逸らし、腕など組んでいたりする。 口から出ている台詞は、聞こえずとも分かる。
「ふん!」である。
まず弁護させてほしい。 このシリーズは、怒り顔やバツ印のような「直接的な否定表現」ではない。
「ふん!」は、女性の感情の直球表現なのだ。
考えてみてほしい。 本当に拒絶した人間は、そっぽなど向かない。黙って立ち去る。
「ふん!」と、わざわざ音が聞こえるように顔を背けるのは、 まだこちらを意識している証拠である。
「怒っています。気づいてください。できれば謝ってください。 なんなら甘いものなどあると、なお良いです」
——そこまでの情報量が、あの膨れた頬には詰まっている。 拒絶ではなく、続きのある感情。 むしろコミュニケーションの入口と言ってもいい。
私はこの機微を、丁寧に描き分けたのである。
なぜそんな機微が描けるのか。
白状すると、私はこの表情に、 日常の様々な場面で、誠によく遭遇してしまうのである。
どこで誰から、とは言わない。 言わないが、このエッセイに何度も登場している人物の顔が 浮かんだ方は、たぶん正解である。
ビキニの枚数について。ギャラリーの肌色面積について。 そして「また若い女性を描いてるの」について。
「ふん!」
おかげさまで、資料写真もポーズ集も必要なかった。 観察対象は、常に半径数メートル以内にいた。
世のイラストレーターの皆さんに聞きたい。 これほど恵まれた制作環境が、他にあるだろうか。 (あまり恵まれたくはなかった。)
さて、販売実績の話をしよう。
このシリーズ、年間5件である。
月間ではない。年間で、5件。 売上への貢献は、正直に言って、ソフトクリームの彼女の足元にも及ばない。 足元どころか、彼女が落としたコーンのかけらほどもない。
しかし私は、この5件を軽んじていない。 むしろ、この5人(仮)のことを考えると胸が熱くなる。
世界のどこかに年間5人、 「そうだ、ここは『ふん!』だ」と判断した制作者がいるのだ。 その5つの記事なりバナーなりは、きっと良い仕事をしたに違いない。
とはいえ、連載の恒例として、敗因は分析せねばならない。
今回の敗因は、これまでと少し質が違う気がしている。
このシリーズ、絵は伝わるのだ。 見れば誰でも「あ、拗ねてるな」と分かる。意味も一瞬で伝わる。 動詞の問題でも、色数の問題でもない。
問題は——買い手が検索できないことではないか。
素材を探す人は、検索窓に言葉を打つ。 「笑顔 女性」「怒る 女性」「困る 女性」。
だが、「ふん!」はどうだ。 怒りでもない。悲しみでもない。拗ね? 不満? ツン? この感情には、検索窓に打ち込める定番の名前がない。
かつて私は、キーワードの暴走で 「天文」と「バニーガール」を並べてしまった男である。 その私が今度は、名前のない感情を前に、 付けるべきキーワードが見つからず立ち尽くしている。
検索されない絵は、存在しないのと同じ。 彼女たちは市場で、文字通りそっぽを向かれているのだ。 ……いや、向いているのは彼女たちの方が先か。
負け惜しみを承知で言うが、このシリーズ、 様々な場面で使えそうな気がしてならない。
夫婦やカップルのすれ違いを扱うコラム。 「パートナーが口をきいてくれない」系のお悩み記事。 アンケート結果の「不満あり」側のアイコン。 マンガ的なリアクションが欲しいSNS投稿。
ほら、意外とあるではないか。
売れないのではない。 きっと、知られていないだけだね。
(この一文を書くとき、私の顔がどんな表情だったかは、想像に任せる。)
ニッチ市場は「誰も来ない秘密基地」だと、以前書いた。 掃除して、椅子を置いて、看板を出して、誰かを待つのだと。
「ふん!」の彼女たちの秘密基地には、年間5人が訪れる。 上々ではないか。基地としては、むしろ賑わっている方だ。
だから私は今日も、頬の膨らみ具合を微調整しながら、 名前のない感情に付けるキーワードを探し続ける。
なに、観察の機会なら、今夜あたりまた訪れる。
このエッセイを家内が読んだときに。
「ふん!」
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