# イラスト:プライバシー・ポリシーやセキュリティー・ポリシーを表す堅牢な門と門番のイメージ
― 気づけば私の絵が守りを固めている話 ―
最近、自分の制作したイラストを見返していて、妙なことに気づいた。
どれもこれも「セキュリティ」というタグが付いている。
プライバシー、産業、金融、ガードマン、監視カメラ、謎の盾マーク……
まるで私の作品が、勝手に“守りの姿勢”を取り始めたかのようだ。
私は別に、四六時中セキュリティのことを考えているわけではない。
家の鍵を閉め忘れることだってある。
むしろ、閉め忘れたまま出かけて、途中で思い出して戻るタイプだ。
そんな私の作品が、なぜか鉄壁の守備を誇っている。
これはもう、作風というより「無意識の危機管理能力」と呼んでいいのかもしれない。
考えてみれば、私たちは毎日、何かしらのセキュリティ儀式をしている。
・スマホの顔認証が通らず、何度も変顔を披露する
・ATMで後ろを気にしながら、妙に小声で暗証番号を唱える
・ネットのパスワードを「1234」から卒業しようとして、結局「12345」にする
どれもこれも、現代の“おまじない”みたいなものだ。
効いているのかどうかは分からないが、やらないと落ち着かない。
私のイラストにセキュリティが増えるのも、
この“おまじない文化”の延長線上にあるのかもしれない。
現実の私は、鍵を閉め忘れるし、
宅配ボックスの暗証番号を忘れて自分で自分を閉め出すこともある。
だが、作品の中では違う。
描いたキャラクターは、
・最新鋭の防犯システムを備え
・プライバシー保護の意識が高く
・情報漏えいとは無縁で
・ガードマンのように頼もしい
つまり、私よりよほどしっかりしている。
もしかすると私は、
「自分に欠けているものを作品に盛り込む」という
古典的な創作者の性質を発揮しているのかもしれない。
現実の私はゆるい。
だから作品は固い。
バランスを取っているのだろう。
セキュリティは本来、真面目で堅いテーマだ。
だが、日常に落とし込むと、どこかユーモラスになる。
・パスワードを複雑にしすぎて、本人が突破できない
・「セキュリティのために」と言いながら、付箋に全部メモして貼る
・監視カメラの死角を探すのが、なぜかちょっと楽しい
人間は、完璧な守りを求めながら、
同時にどこか抜けている。
その“抜け”が、私は好きだ。
セキュリティの本質は、
「守ること」よりも「安心したい」という気持ちにある。
私のイラストにセキュリティが増えるのも、
きっとその安心感を描きたいからだ。
現実の私はゆるくても、
作品の中では誰かを守れる。
そんな気がして、つい描いてしまう。
気づけば、私のPC画面には
盾マークや南京錠が増殖している。
放っておけば、いずれ画面全体が
“セキュリティの森”になるかもしれない。
それでもいい。
安心できる森なら、悪くない。
そして私は今日も、
鍵を閉め忘れないように気をつけながら、
また一つ、セキュリティの絵を描くのだろう。