イラスト:若い女性が佇む都市の街角(シンプルな色使い)
イラスト:若い女性が佇む都市の街角(シンプルな色使い)
ストックイラストを続けていると、ときどき「これは自分の代表作になるかもしれない」と思える作品が生まれる。
「若い女性が佇む都市の街角(シンプルな色使い)」は、まさにそういうシリーズだった。
若いチャーミングな女性が、都会の片隅にそっと佇んでいる。 色数はあえて絞り込み、余計な情報を削ぎ落とした。 喧騒の中の静けさ。都市の匿名性と、そこに確かに存在するひとりの人間。
描きながら、手応えがあった。 「これは良い絵だ」と、自分でも思えた。
そして、ここで白状してしまうと—— そもそも、こんな女性が実際に街角に佇んでいたら、私は絶対に声を掛けたい。
つまりこのシリーズは、需要予測から生まれたというより、 「自分が心を動かされる光景」をそのまま絵にしたものだった。
自分がこれほど惹かれるのだから、きっと多くの人も惹かれるはずだ。 そう信じて、かなりの自信を持って、公開した。
結果から言うと、今ひとつ売れなかった。
酷評されたわけではない。炎上したわけでもない。 ただ静かに、ダウンロードされなかった。
「自信満々に晴天の都会を歩くビジネスウーマン」シリーズが、ほぼすべてのバリエーションでまんべんなくダウンロードされたのとは対照的だった。
同じ「都会」、同じ「若い女性」。 なのに、片方は売れて、片方は売れない。
この差はどこから来るのか。 悔しさが落ち着いてから、あらためて考えてみた。
まず気づいたのは、テーマの構造そのものだった。
売れたシリーズの女性は「歩いて」いた。 売れなかったシリーズの女性は「佇んで」いた。
「歩く」は、方向を持つ動詞だ。 前進、挑戦、変革、未来——広告が伝えたいメッセージを、絵が勝手に運んでくれる。
一方、「佇む」は、意味の定まらない動詞だ。 彼女は誰かを待っているのか。何かを考えているのか。迷っているのか。ただ休んでいるのか。
見る人によって解釈が変わる。
小説の装丁や写真展なら、この「余白」こそが価値になる。 しかしストックイラストの買い手は、多くの場合、広告や記事やバナーの制作者だ。彼らが求めているのは、余白ではなく、一目で伝わるメッセージである。
「この絵は何を言っているのか」に即答できない絵は、検討候補から静かに外れていく。
もうひとつの要因は、色だ。
色数を抑えたシンプルな配色は、制作者としてのこだわりだった。 洗練されて見えるし、描いていて心地よい。
しかし、ストックイラストが買い手と出会う場所を思い出してほしい。 それは美術館の壁ではなく、検索結果の一覧画面だ。
小さなサムネイルが何百枚も並ぶ中で、抑えた色調の絵は、画面の中に沈む。 晴天の青、ビルに反射する光、白いシャツ——売れたシリーズが持っていた「サムネイルで勝つ力」を、佇む女性は持っていなかった。
つまり私は、拡大して一枚でじっくり見る前提の絵を、縮小されて一覧で比較される市場に出していたのだ。
ここまで書いて、あらためて整理がつく。
私はこの絵に、ひとりの人間として惹かれていた。 街角に佇む彼女に、思わず声を掛けたくなる——その心の動きは本物だ。
しかし考えてみれば、その魅力の正体は「物語が始まりそうな予感」である。 彼女は何を思っているのだろう、どんな人なのだろう、とこちらに問いを投げてくるからこそ、声を掛けたくなる。
一方、広告制作者は絵に問いを投げてほしくない。 彼らが欲しいのは、答えをくれる絵だ。
つまり、私が惹かれた理由そのものが、買い手が避けた理由だった。
このシリーズが売れなかったのは、絵が悪かったからではない。 「声を掛けたくなる絵」——つまり「作品」として設計したものを、「素材」の市場に置いたからだ。
ストックイラストの買い手は、絵そのものを買っているのではない。 その絵を使って自分が作るもの——広告、記事、資料——の完成形を買っている。
だから、買い手が絵を見るときの問いはこうだ。
「この絵は、私の伝えたいことを代弁してくれるか?」
「歩くビジネスウーマン」は、この問いに即答できた。 「佇む女性」は、まず「あなたは何を伝えたいの?」と買い手に問い返してしまう。
問い返す絵は、アートとしては上等だ。 しかし素材としては、扱いにくい。
では、この制作は失敗だったのか。
私はそうは思っていない。
第一に、「売れない理由」は、売れた経験だけでは学べない。 需要のある構図・色・動詞の条件は、外した経験と比べて初めて輪郭がはっきりする。今回のシリーズは、私にとって最も雄弁な「教材」になった。
第二に、需要がないことと、価値がないことは違う。 都会の片隅で立ち止まる時間は、現実の私たちの生活に確かに存在している。 広告は「前進する人」ばかりを求めるが、実際の街には、佇む人がいる。
売れた絵が「社会の理想像」を映す鏡だとすれば、 売れなかった絵は、まだ商業の言葉になっていない現実を映しているのかもしれない。
いつか、立ち止まることや、迷うことや、ただそこにいることが、もっと肯定的に語られる時代が来たら—— この佇む女性たちにも、出番が回ってくる気がしている。
それまで彼女たちには、私のポートフォリオの片隅で、静かに佇んでいてもらおうと思う。
彼女たちは、待つのが得意なのだから。 そして少なくともひとり——描いた本人だけは、今もときどき彼女たちに声を掛けに行っている。
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