イラスト:真夏(南半球)のビーチで活動中の女性のサンタクロース
私のイラストギャラリーには、ビキニ姿の女性がやたらと多い。
「やたらと」というより、「圧倒的に」と言ったほうが正確だろう。
海辺のビキニ、スポーティなビキニ、謎の近未来ビキニ。
果てはサンタクロースのビキニ姿まであるのだから、
もはや季節感も倫理観も、完全に迷子である。
当然、家内からは定期的に批判が飛んでくる。
「あなたのギャラリー、肌色の面積が多すぎるのよ」
「これは“作品”なのか、それとも“趣味”なのか」
「サンタさんは寒いでしょ」
どれも正論で、反論しづらい。
私は一応、反論する。
「いや、これは文化なんだ」
「ビキニは人類の歴史に深く根ざした造形美であって……」
「古代ローマにもビキニはあったんだよ」
と、できるだけ学術的な雰囲気をまとわせて説明するのだが、
家内は一言で切り捨てる。
「歴史を盾にしないで」
ぐうの音も出ない。
ビキニの歴史を調べると、これが意外と面白い。
現代のビキニは1946年、フランスで誕生した。
発明者ルイ・レアールは、当時アメリカが核実験を行っていた
「ビキニ環礁」の名を拝借し、こう言ったという。
「この水着は、世界に爆発的な衝撃を与える」
……確かに衝撃はあっただろう。
ただ、名前の付け方があまりにも豪快だ。
しかも当時は露出が多すぎてモデルが見つからず、
初代モデルはストリッパーだったという。
ビキニの歴史は、最初から相当“攻めている”。
正直に言えば、ビキニのイラストは売れ行きが今ひとつだ。
点数は多いのに、反応は控えめ。
「写真には敵わない」という現実が、静かに胸に刺さる。
それでも、私は描く。
なぜなら、イラストにはイラストにしかできないことがあるからだ。
現実には存在しない色彩
物理法則を無視した構図
作者の“理想”を、そのまま形にできる自由さ
写真が「現実の美」なら、
イラストは「理想の美」だ。
そして私は、理想を描くのが好きなのだ。
家内には、また叱られるかもしれない。
それでも私は今日も制作する。
ビキニの女性を。
季節外れのサンタクロースを。
そして、私自身の「好き」を。
ビキニは、ただの水着ではない。
「好きなものを好きと言う自由」
「自分の美意識を表現する自由」
その象徴だ。
そう考えると、
私がビキニを描き続けることも、
ある意味では“自由の実践”なのだろう。
家内には、また叱られるかもしれない。
それでも描く。
だって、好きなのだから。
「ビキニじゃなくて“中身”が好きなんでしょ!」
という、家内の鋭すぎるツッコミ付きで。