イラスト:画面が壊れたスマホを手に持つ若い女性
イラスト:画面が壊れたスマホを手に持つ若い女性
Siriに言われた。
「あなた、起きている時間の8割はスマホを触っていますよ」と。
——8割。
もはや“使用”ではなく“同棲”である。
スマホと私は、ほぼ事実婚状態だ。
電話は月に2〜3回しかしない。
なのに、写真は撮るわ、音楽は聴くわ、検索はするわ、
挙げ句の果てにはホームページの更新までスマホでやる。
ここまで来ると、
スマホは“道具”ではなく 私の右手の正式な後継者 である。
・待ち時間
・移動中
・コーヒーを飲んでいる間
・寝る前の3分
・起きて3秒後
全部スマホ。
もはや「スマホを触っていない時間」を探す方が難しい。
そして、そんな生活をしていると、
私のイラストにも当然のようにスマホが登場する。
というより、
色々なイラストに“スマホ”のキーワードが勝手についてしまう。
気づいたら付いている。
まるで“スマホの妖精”が夜中にタグを貼っていくかのようだ。
若い女の子たちは、
私よりもはるかにハードで、コアで、
そして軽やかにスマホを使いこなす。
片手で操作しながら歩く。
写真を撮りながら笑う。
動画を見ながら髪を整える。
あれはもう、
スマホ新体操 である。
そんな彼女たちを描くと、
スマホは“生活の象徴”として欠かせない。
気になったことは即検索。
街で見かけた仕草は即撮影。
資料は全部スマホに保存。
つまりスマホは、
資料集めの相棒
インスピレーションの倉庫
現場のスケッチブック
この三役を一人でこなすスーパー選手だ。
そりゃあ、手放せるわけがない。
イラストの中でスマホを持つ女の子たちは、
みんな自然体で、楽しそうで、
「スマホは私の一部ですけど何か?」という顔をしている。
一方、男性キャラはどうか。
スマホを持たせると、
なぜか“仕事の連絡”か“調べ物”の雰囲気になる。
楽しそうにスマホをいじる男性像が、
どうしても浮かばない。
なぜか。
——私自身がそうだからである。
スマホは便利だが、
私にとっては“遊び道具”ではなく“生活管理ツール”なのだ。
スマホを持つ女の子のイラストは、
驚くほど反応が良い。
・現代的
・生活感がある
・共感しやすい
・SNS映えする
・ストーリーが生まれやすい
つまり、
スマホのイラストは需要がある。
私が描きたいから描いているのではなく、
時代が「スマホを描け」と言っているのだ。
スマホを触る時間が長いのは、
依存でも怠惰でもない。
現代を生き抜くための“戦闘態勢”なのだ。
情報を集め、
記録し、
発信し、
生活を整え、
仕事を回し、
創作の種を拾い集める。
そのすべてを、
スマホひとつでこなしている。
だから、私のイラストにスマホが多いのは、
単なる流行ではなく、
私の生活の写し鏡 なのだ。
今日もまた、
スマホを片手にイラストを描きながら思う。
「この構図は、私の人生が導き出した“スマホ時代の経験則”なのだな」と。
👆16934 点の検索可能な独自イラスト